一体どこのどういう顔ぶれの間で流布している噂なのやら、
彼のポートマフィアのかなり上級の幹部が、実はロリコンらしいので
負債の払いに水商売へと身を鎮めさせるような段取りはしょうがないねと見過ごしても、
年端もゆかぬ子を売り買いさせるようなことは断じてさせないらしい、と
そんな話も伝わっていたらしく。
『貴女って、もしかして…。』
いかにもなロリロリ衣装だったとも思えぬが、それでも
敦、もとえ敦美嬢がそういうコネから送り込まれた存在だったと誤解したものか。
自分こそがそういう役回りなのよとうそぶいてたとは思えぬような態度となったその上で、
M美ちゃんとやらからは別れ際に自費で出したというCDを頂戴し、
その中の曲を時折口ずさむくらい、
終わってみればやや空振り事案だったにもかかわらず 敦には結構印象深い案件だったようで。
あれから年も明けての、暦は一カ月と半分ほども過ぎようとしており、
「敦。味付けした魚があるから。」
「うん。ありがとう。」
鏡花ちゃんは社に居残って明日のイベントへのチョコ菓子を作るそうで。
作業は単なる題目、女子社員が集ってコイバナなんぞ咲かせる集いになりそうだとか。
夕飯用にと白身魚を下ごしらえ済みだと手短かに告げられ、
相変わらずようよう気の回るところへへにゃりと笑ってのお礼を返した虎の子くんは、
一足先に寮へと帰る模様。
報告書にまだかかるのか、デスクに着いたままの国木田や谷崎へ頭を小さく下げて会釈をし、
社のドアをくぐった敦をそのドアの向こうで呼び止めたのが、
「やあ、お早い上がりだね。」
「太宰さん。」
今日も今日とて、どこで何をしていたものなやら、
就業時間中に姿を消していた長身の教育係さんが暢気にお声をかけてくる。
少年が独りなのへもそれへの段取りからしてお見通しか、
「お魚の煮つけが待ってるんだろう? 鏡花ちゃんはいいお嫁さんになれそうだね。」
「そうですねぇ。」
何を指して言われているものかなんて聞くだけ野暮だと、
穏便に流しつつ、だが、
「料理といや、」
芥川もどんどん器用になってくと、その鏡花が言っていたと付け足す。
敦との間柄ほどではないけれど、それでも少しずつ接触の機会があっての理解を深めているものか、
時々和食のあれこれ訊いて来るので、
凝ったものにまで手を伸ばしているのへ驚いてたらしいと彼女から聞いており。
それをそのまま伝えたところ、
「あの子もねぇ。そういう方向で卒がなくってどうするかだよね。」
「はい?」
それが誰への努力や工夫かに、気づいているのかどうなのか。
敦がわざわざ口にしたことへ、軽く腕を組むと う〜んとちょっぴり考え込み、
せっかくの端正なお顔を曇らせて、どこか“困ったもんだ”という体を見せる太宰だったりし。
テーブルマナーくらいは身につけててもいいけどさ。
やれ、この人は最初水割りでオンザロックに移ると乾き物しか食べないとか、
チェイサーの水は電解質のは嫌がるとか、
モノの好み以上の そんなこまごましたことまでも把握しているのはねぇ。
「探偵社の私が言うもんじゃなかろうけど、
あの子は先々組織を背負う幹部になる人間だし、
それでなくともあの冷徹そうな風貌なんだから、泰然と構えてりゃあいいものをさ。」
それがあれでは…なんて、
嘆かわしいとでも言いたいか、非難めいたそんな言いようをするものだから、
「何言ってるんですよ。」
敦としては、あの兄弟子さんが何でそうまで徹底して至れり尽くせりなのか、
いやさ そんな相手は限られてますよと言いつのりかけたけれど。
「……太宰さん。」
「? なんだい?」
「やに下がってますよ、顔。」
「ありゃ、敦くんには隠さなくていいから つい。」
打って変わって ふふーと笑った嬉しそうなお顔こそ、本心だったよで。
何かと至れり尽くせりなのはどうしてなのか、
以前から従者みたいに構えてたあの青年だったが、
最近のそれは微妙に違うのだと、さすがに太宰の側でも気づいているらしく。
しっかとのろけたのもそういうイベントを前にしていたからだろう。
「キミも明日の用意があるのだろ? 早く帰りなさい。」
「あ、はいっ。////」
あややお見通しかと、最後に一本取られたそのまま、
照れ隠しも兼ねて足早にエレベータまでを取り急ぐ。
明日は全国で愛を乗っけたチョコレイトが飛び交う日でもあり、
かくいう敦もちょっとしたものながら頑張って手掛ける所存。
『こんな風にボクなんかを大事にしてくれる人が現れるなんて。』
あのライブハウスでの一件の折、
ちょっと久々に二人になれたの堪能しつつ、
本人に抱きすくめられてるような心持のまま、
いまだに信じられなくてと、そんな心情を口にしたら、
『何言ってるかな。』
相変わらず卑下した物言いなのへ、こらこらと鼻先をひょいと摘ままれ、
『日頃は及び腰なくせに、
いざって時は果敢に真っ直ぐ駆けだすとこなんざ、大した心意気だと思うし。』
まあ、無茶無謀は褒めちゃあならねぇがと、諫めるのも忘れなかった彼の人は、
『何でも負うて、悪い方へ転げても人のせいにしねぇのは、
俺も大きに賛同しているところだし。』
こっ恥ずかしいな、でも言わにゃあ伝わらねぇしと
そんなところも男らしい人なのへ惚れ直したのを噛みしめつつ、
“…いやいや いやいや。////////////”
チョコケーキに使おうと、ちょっと良いココアの缶を手にしつつ、
不意に顔が赤くなり、胸の内にてよそ見したこと、かぶりを振って振り払う。
好きな人の名前は呪文みたいだと思う。
声に出さずとも何度もつぶやけば元気になれるから…。
〜 Fine 〜 19.12.22.〜20.02.13.
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*夜陰の中、任務がらみの逢瀬です…というだけのお話へ、
一体 何カ月かかっているものなやら。
さすがにバレンタインデーに食い込むのはなぁと思ってたので、
駆け足でしたがまとめました。まとまってないけど。(ううう…)
中也さんって敦くんにはいつまでも 好きで好きでたまらないカッコいい人なようです。
*ちょっと公式様のネタバレな事を書きますのでご注意。
中也さんの過去というか、荒覇吐(アラハバキ)のお話や、
その前の軍研究施設で『試作品・甲ニ五八番』と呼ばれていた存在だったこととか、
敦くんへ話したものか どうしよかをちょっと迷い中。(中也さんも もーりんも)
別な小話でちょろっと掠めていたかも知れませんが、
大事な子だからこそ気に病まれぬかを 中也さんの側からも躊躇しないかなと思いましてね。
敦くんとしては 人外だとかどうとかいうややこしい解釈や気遣いは持ってこないで、
自分も虎ですしなんて斜めなこと言い出すんだろうなとは思うんですがね。
そして、その微妙なところを笑い飛ばしつつ、
それでいいじゃんと中也さんも太っ腹に解してくれそうですが。

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